胃のしくみ(2):胃薬の長期的服用は腸内細菌叢を壊す【いこい通信No.37】

前回のいこい通信No.36では、胃袋が胃酸で溶けない理由についてお話をしました。

今回は「プロトンポンプ阻害薬」という胃薬と、私たちの腸内細菌そう(腸内フローラ)についてお伝えしたいと思います。

胃薬が腸内細菌叢を壊す

胃薬としてよく使われるものの中に「プロトンポンプ阻害薬(PPI)」があります。

プロトンポンプ阻害薬とは、胃酸を分泌する細胞・プロトンポンプに作用して、胃酸を作らせないようにする薬です。逆流性食道炎や消化性潰瘍などの治療薬として処方されます。

一方、「腸内細菌そう(腸内フローラ)」とは、主に大腸にみヒトと共生している細菌たちを指します。
なぜ、胃に対して使われる薬が大腸にまで影響を及ぼすのでしょうか?

それは、プロトンポンプ阻害薬によって胃酸の酸性度が薄くなり(pHが高くなり)、外から侵入してきた有害な細菌たちを殺菌消毒できなくなるからです。

例えば、逆流性食道炎

どういうことか、詳しく見ていきましょう。

例えば、暴飲暴食で逆流性食道炎になり、プロトンポンプ阻害薬を服用したとします。

食べ物をたくさん食べれば食べるほど、胃酸はどんどん分泌されます。食べ物を殺菌消毒し、栄養を消化吸収したり十二指腸に送ったりしなければならないからです。

しかし、胃にも限界があります。胃の許容量を超えて食べ物が入ってくると、食べ物と胃酸で胃がパンパンに膨れ上がり、ついには胃酸が食道に押し出されます。

食道の粘液層※1は薄く、胃と違って胃酸に耐えられるような厚さではないため、食道の下部は胃酸によって容易に焼けただれてしまいます(=炎症)。

結果、胃痛や胸やけといった自覚症状が現れ、逆流性食道炎という病名がつくのです。

※1 食道の粘液層

前回は胃に焦点をしぼって「胃には粘液層がある」とお話ししましたが、実は消化管や気道、生殖腺などはすべて粘液層で覆われています。ただし、部位によって粘液層の厚さは異なります。

繰り返し食道を焼くと…

「いつもはこんなに飲み食いしないんだけど、今回はたまたま」程度であれば、薬を使わずとも自然治癒するので問題はありません。

しかし、①日頃から食べ過ぎている方、②たくさんお酒を飲まれる方、③太っている方、④前かがみ姿勢の方であれば話が変わってきます。

なぜなら、

①暴飲暴食で胃がパンパンに膨れ上がり、胃酸が逆流する

②度数の高いお酒を頻繁に飲むと、食道を焼くことになる

③太っていると横隔膜が引き伸ばされ、それに伴い胃の入口が開きっぱなしになるため、胃酸が食道の下部にかかりやすい

④前かがみ姿勢で胃を圧迫していると、少食であっても胃酸が逆流しやすい

    からです。

    逆流性食道炎はその名の通り、逆流した胃酸によって食道の下部が焼けただれることをいいます。

    焼けただれた部分は炎症、つまり熱が高い状態です。そんなデリケートな場所に追い打ちをかけて、胃酸やお酒で食道の下部を繰り返し焼くと、食道の下部はその状況に対応するために細胞の構造を変えざるを得なくなります

    胃の表面の細胞は「単層円柱上皮たんそうえんちゅうじょうひ」、食道の表面の細胞は「重層扁平上皮じゅうそうへんぺいじょうひ」という構造です。どちらも上皮細胞という名の同じ細胞です。

    なのになぜ構造が違うのかというと、胃は胃酸に対して、食道は食べ物が通過する際の摩擦に対して、最も適した形をとらなければならないからです。

    食道は本来、胃酸に対応できません。ゆえに焼けただけれます。

    しかし、胃酸やお酒によって何度も何度も焼けただれると、食道の表面の細胞(上皮細胞)の構造を変えてまで対応しようとするのです。(具体的に言うと「重層扁平上皮じゅうそうへんぺいじょうひ」から「単層円柱上皮たんそうえんちゅうじょうひ」に変わります)

    これを「食道バレット」といいます。

    とはいえ、もともと胃酸に耐えられるように作られている胃と、急ピッチで構造を変えた食道の下部とでは組織的な強度が違うため、食道バレットになってもなお胃酸やお酒の刺激を与え続けると患部の炎症(熱が高い状態)が治まらず、果てには「食道がん」になる可能性があります。

    プロトンポンプ阻害薬を服用すると…

    では、治療薬としてプロトンポンプ阻害薬を服用するとどうなるでしょうか?

    プロトンポンプ阻害薬は胃酸の分泌を抑える薬です。胃酸によって食道が焼けただれるなら、胃酸を少なくすれば・胃酸の酸性度を薄めれば(pHを上げれば)いい、ということでこの薬が適応されます。

    しかし、新しい胃酸が分泌されにくくなり、胃酸の酸性度が食べ物によってどんどん薄まっていくと、食べ物の十分な殺菌消毒ができなくなります

    酸性度が薄まり中和された液体タンクに落ちても、細菌たちは死にません。胃酸を通って下流の腸へと進んでいきます。つまり、病原性の細菌が大量に入ってきたとしても、退治するすべがない・・・・・・・・・ということです。

    通常であれば、胃に入ってきた細菌は強酸性の胃酸によって10万分の1にまで減るそうです。胃酸による殺菌消毒は私たちの体を守るための重要なとりでであることがわかりますね)

    これがプロトンポンプ阻害薬を服用することのリスクであり、腸内細菌そうにまで影響を与える理由です。

    プロトンポンプ阻害薬は薬局やコンビニでも手軽に入手できる薬ですが、安易な服用は考えものかもしれません。

    まずは、食事の量や内容を見直したり、歩いて体を動かしたり、姿勢を正して前かがみにならないようにする方が良いのではないかと思います。

    次回

    本記事を書くにあたって、お酒を飲むとなぜ喉が焼けるような感覚になるのかを調べていました。理由は「細胞の粘膜※2を傷つけるから」だそうです。

    ※2 細胞の粘膜とは?(日本細胞生物学会「上皮細胞」より抜粋)

    上皮細胞は多細胞生物の内的環境を外界から遮断する細胞層を形成する細胞である。体表面を覆う「表皮」、および臓器の管腔表面※3を構成する「粘膜」、血管等の内腔を覆う「内皮」などを構成する細胞の総称であり、成体の約50%の細胞に該当する。

    ※3 管腔表面とは?

    ヒトの消化管は「口から肛門まで一本の管」です。ところどころ膨れたり、ぐにゃぐにゃと曲がっていたりしますが、消化管を簡単に表すとまさに「ちくわ」のような形です。ちくわの穴がちくわの内部でないように、消化管の穴もまた体の内側(内界)ではなく、体の外側(外界)ということになります。

    管腔とは「内部が空洞あるいは管状の臓器や器官のこと」、つまり消化管や気道、膀胱などを指します。その表面ということですから、管腔表面とはすなわち上皮細胞のことです。

    しかし、前回お話ししたように、消化器の表面の細胞(上皮細胞)はムチンや水でできた「粘液層」で覆われています。その粘液層を突破して、なぜ表面の細胞を傷つけられるのでしょうか?

    次回はお砂糖を摂ると胃の運動が止まる「糖反射」と、アルコールが粘液層を突破できる理由について考察したいと思います。

    宮川