病気の原因は遺伝子を読み解くだけではわからない【いこい通信No.35】

昔から医学界では、病気の原因がわからないときは「遺伝だ」という言葉でお茶をにごしてきました。

「その人の遺伝子情報がわかれば、その人に合った治療方法で病気が治せる」(個別化医療)とも言われていましたが、近頃ではほとんど聞かなくなりました。いったいなぜでしょうか?

今回は病気と遺伝子についてお話をしていきたいと思います。

用語説明

本題に入る前に、まずは用語をおさらいします。

皆さんご存じの「DNA」とは、ある生物の遺伝情報を保持する物質のことです。「遺伝子」はDNAの中でも特定の部分だけを指す言葉で、生物の体を構成する主成分「タンパク質」を作るための設計図が書かれた場所です。

時々、遺伝子やDNAのことを「ゲノム」ということがありますが、ゲノムとはある生物が持つすべての遺伝情報・・・・・・・・・・・・・・・のことを指します。DNAや遺伝子もゲノムのうちに入ります。

まとめると、遺伝情報全体を「ゲノム」、ゲノム内にある遺伝情報を保持する物質が「DNA」、DNAの中でもタンパク質の設計図が書かれた特定の場所が「遺伝子」です。

ヒトゲノム計画

1990年、ヒトの遺伝子全体の解読を目的とした「ヒトゲノム計画」がアメリカで始まりました。

この「ヒトゲノム計画」は病気の謎を解くカギだと考えられ、おおいに期待されていました。すべての病気とまではいかなくても、多くの病気の診断・予防・治療に革命をもたらしてくれるはずだと…。

約13年の月日を費やし、2003年に解読が終了しました。

しかし期待とは裏腹に、一部の遺伝子疾患の治療は改善することができたものの、一般的によくある糖尿病や高血圧、うつ病、変形性関節症などの慢性疾患の原因は明らかになりませんでした。

また、ある特定の病気の患者に共通する遺伝子バリアントを調べても明解な関連性は浮上しなかったことから、特定の遺伝子バリアントを保有していても特定の病気になるというケースはほとんどないということがわかったのです。

※遺伝子バリアントとは?

遺伝子は「A」「T」「G」「C」の文字配列(塩基配列)によってつくられています。

自分が持っている遺伝子全体の文字配列と、基準とされている遺伝子全体の文字配列とを比べてみたとき、違う部分があればそれは「遺伝子の変化がある」ということになり、この遺伝子の変化がある部分を「バリアント」といいます。

多くのバリアントは、体質にちょっとした差をもたらしたり(例:お酒に強い・弱いなど)、影響を持たなかったり、今のところ意義がわからないものです。

「一部分」ではなく「全体」を見る

遺伝子さえ読み解ければ、病気の原因がわかるはず。しかし、いざ読み解いてみれば遺伝子はほとんどの病気と関係ないということがわかりました。

では、慢性疾患の本当の原因は何か?それは古来から言われてきた食事や運動、心のありようなど生活「習慣」と、その人が置かれている生活「環境」です。

日常の生活習慣や環境は長い時間をかけてゆっくり構築されます。そうして発現した「慢性」疾患に対して薬を投与し、一時的に・・・・症状を抑えても治らないのは当然のことではないでしょうか。

このことから得られる教訓は「一部分だけを見ても病気の本質はわからない」ということです。

私たち生命は一生涯、絶え間ない動き(不断の動き)の中で絶妙なバランスを保ちながら生きています。

体を悪くしても、どん底まで気持ちが落ち込んでも、その状態がずっと続かないように。逆に健康な体でも、幸せの絶頂を迎えたとしても、その状態がずっと続かないように。私たちは揺れ動く波のように浮き沈みする心身の状態を、それでもなんとか一定範囲に保って生きています。

しかし一生涯という長い時間をかけていると、どこかで波が大きく揺れ動き、ある一定範囲の限界を超えてバランスが崩れることがあります。そのバランスを戻せなくなったときが「病気」なのではないでしょうか。

遺伝子は私たち生命の一側面、言い換えれば「一部分」でしかありません。その一部分を知ったおかげで理解が深まる病気もありますが、すべての病気がそうではありません。

「一部分」ではなく「全体」を見つめることの大切さを今一度、心に留めておいてくだされば幸いです。

山田