本来の医療人としてのあり方は何か?薬依存の医療で本当にいいのか?【いこい通信No.46】
こんにちは、院長の山田です。
今日は「薬」について私の率直な意見を述べたいと思います。
「とりあえず」薬という風潮
ある若い看護師さんが他の医療機関に見学に行った際、施設長や看護学校の教員に「薬ばかりの看護のあり方に疑問があり、本当にその人に必要な医療は何かを考えて看護がしたい」と素直に話したところ、怪訝な顔をされたそうです。彼女は大変ショックを受けて帰ってきました。
また、ある柔道整復師さんは、親戚のところで子どもが遊んでいて怪我をしたそうですが、その時すぐに周りの大人たちが「この薬を飲んどき」「あの薬も」と次々何気なしに・簡単に与える様子を見て唖然としたと話しておられました。
今や病気といえば、一般の大人たちも医療関係者も「薬で治すもの」と思っており、疑いもなく平気で使うようになりました。
確かに、先人たちの努力のおかげでさまざまな「薬」が開発され、薬のおかげで多くの生命が救われてきたことは紛れもない事実です。薬の効果も絶大で、即効性があり、外科的処置も可能になったことで昔では助からなかった人も助けられるようになりました。それは薬の「光の部分」です。
しかし、薬の効果が絶大になったがゆえに、体調が悪くなったら・熱が出たら・少しでも痛みを感じたら、その症状の原因を考えもせずに、とりあえず薬を飲む習慣が社会的にできてしまいました。
今では「病気の予防」ということで一生涯薬を飲み続けるよう勧められるようになりました。恐ろしいことに、そのことに対してほとんどの人が疑問を持っていません。
薬を飲み続けることは安全か?
現代社会の私たちの病気は、交通事故などの怪我や感染症、先天的遺伝病などを除けば、大半は生活習慣(食事・運動・心のあり様)や生活環境(食品添加物・農薬・薬品・電磁波・水や空気の環境汚染など)に起因します。
私たちの体内では人知が及ばないほどさまざまな代謝(物質での化学反応)が行われています。長期的に「薬」を投与し続けたら、私たちの体内の代謝が乱れ、新たな問題(副作用)が起こることは、冷静に考えれば解ることではないでしょうか。

※一見して複雑なネットワークが組まれていることが分かりますが、これも体の一部の話に過ぎません。
同じ化学物質・薬品である「食品添加物」や「残留農薬」には敏感に皆が反応するのに、「薬」なら大丈夫だとはたして言えるのでしょうか。
食品添加物や残留農薬もほんの「一時期」、そして「少量」であれば問題になりません。しかし、一度に大量に摂取すれば死を招く代物であり、もっと言えば例え少量でも長期的に体内に混入すれば体調を崩し、死を早めてしまいます。
これは、時代劇の「少量のヒ素を飲み物に混ぜて相手を殺す」シーンと同じだと私は感じています。
私は、薬に強く依存する現代医療のあり方は、中国の清の国民がイギリスの「アヘン」でおかしくなり滅びてしまったあの状況と同じように見えてなりません。
子どもの頃から「薬」(化学薬品)に依存し、それによるさまざまな反応(副作用)が起こっているのに、その反応をさらに「薬」(化学薬品)で抑え込んで新たな反応(副作用)を引き起こす。その繰り返し…。
こんな解決法が全く見えないやり方で本当に健康が・生命が保てるのでしょうか。
最後に
(最初にご紹介した)若い看護師さんが持っていた疑問や気持ちは何もおかしいことではありません。
病気の原因が生活習慣なのであれば、食事のあり様(内容や量)・運動(日常生活の様子)を聞いて、共に患者・家族と考え、改善し、共に病気を治していく。これが本来の医療人の仕事ではないかと私は思います。
山田

