医学の歴史(1):西回りの医学「西洋医学」【いこい通信No.49】

こんにちは、宮川です。

今回から数回に渡り、医学の歴史について簡単にご紹介したいと思います。

現代日本に生きる私たちにとって、医学といえば真っ先に思い浮かべるのは「西洋医学」です。しかし、日本が西洋医学一強になってから実はまだ100年も経っていません。

今日に至るまで医学はどのような道を辿ってきたのでしょうか?一緒に見ていきましょう。

人類の誕生

人類はおよそ20万年前にアフリカ大陸で誕生しました。

地球の気候変動などに伴い、生活する場所を求めて世界各地へ散らばったことで、その土地の気温や湿度、動植物、細菌など、気候風土に適したさまざまな文化・文明、そして医術・医療が発展していきました。

西回り/東回りの医学

現代では「西洋医学」と「東洋医学」(日本では代替医療とも言われている)というふうに大まかに分けられますが、実はこの2つの原点は同じです。

医学の始まりはアラビア半島のチグリス・ユーフラテス川流域のメソポタミア文明であり、ユナニ医学といわれるものでした。

ユナニ医学は人類の移動とともに西回りの医学・東回りの医学としてそれぞれ分岐します。後世になって西回りの医学は「西洋医学」、東回りの医学は「東洋医学」と呼ばれるようになりました。

西回りの医学(西洋医学)

西回りの医学は、アラビア半島からアフリカを経由してヨーロッパに入り、最終的にアメリカに渡ります。

ヨーロッパは戦争続きでペストなどの感染症に悩まされていたため、主に戦傷と感染、つまり救急救命医学が発展せざるを得ない環境でした。薬草としてはハーブなどが使われ、宗教的にはキリスト教の影響を受けました。

本来の西洋医学には5つの流派があります。

  • 心理療法(サイコパシー)
  • 整骨療法(オステオパシー)
  • 自然療法(ナチュロパシー)
  • 同種療法(ホメオパシー)
  • 薬物療法(アロパシー)

いずれの流派も「いかに患者自身の自然治癒力を生かして病気を治すか」に重きが置かれていました。

しかし、アメリカに入って薬物療法一強の現代の西洋医学へと変貌します。

アメリカ医学(現代医学)

アメリカの医学が変化したのは19世紀後半です。

当時のアメリカは自然療法が主で、薬物療法は少数派でした。しかし、ある時を境に「薬物療法こそ正当な医療で、その他は科学的根拠のない医療」だとして弾圧されます。その背景にいたのが、かの有名な「ジョン・D・ロックフェラー」でした。

ロックフェラーは1859年~1870年の石油生産ブームに際し、石油を蒸留精製し分類することで莫大な富を築きました。

石油は主に燃料として使われていましたが、使えず余る部分がたくさん出ました。そこでロックフェラーは「余ったガソリンが何かに使えないか?」と考え、ガソリンエンジンや薬(化学薬品)を作り出しました。

人工的に化学薬品を生産することができれば、薬に「特許」が発生するからです。

しかし、製薬産業で利権を獲得するためには自分たちの作った「薬」を医学関係者たちに浸透させることが必要不可欠で、そのためには薬物療法が医学会の中心となり、独占的地位と権力を占めることが絶対条件でした。

彼は薬物療法派(アロパシー医学)の医師たちを支援し、自然療法派(ナチュロパシー医学)の排斥に成功しました。

薬物療法を中心としたこのアメリカ医学は、戦後の日本に導入されます。GHQ占領時、西洋文化の導入に伴い日本古来の東洋医学を排除・弾圧し、西洋医学(薬で症状を抑える薬物療法。対症療法とも言う)一強へと変貌させました。

まとめ

西回りの医学(西洋医学)

  • 経路:アラビア半島→アフリカ→ヨーロッパ→アメリカ
  • 背景:戦争
  • 内容:戦傷と感染に対する救急救命医学
  • 変化:アメリカにて薬物療法一強に

次回

日本はかつて東洋医学を中心としていました。1000年以上もの間、日本を支えた東洋医学とは一体どんなものなのでしょうか?

次回は「東回りの医療」こと「東洋医学」についてご紹介したいと思います。

宮川